循環器に入ると、ラテン語の景色が少し変わります。骨や内臓は「名詞1語」で足りることが多いのに、血管は arteria carotis communis のように名詞+形容詞が2つ3つ連なるのが普通になるからです。私は最初、この長さだけで身構えてしまい、覚える前から諦めかけていました。
ところが構造を分解してみると、実はとても機械的でした。「種類(arteria/vena)」+「どこの(部位形容詞)」+「どの枝か(区別の形容詞)」という3層でできていて、部位形容詞の大半は骨と筋肉ですでに出会った単語です。つまり血管の用語は、新しく覚える量が見た目ほど多くない。この記事ではその分解の仕方と、心臓・主要動脈・主要静脈の用語を整理します。
🗂 目次
📌 この記事でわかること
- 血管名は「種類+部位+区別」の3層に分解でき、部位の部分は骨・筋肉の用語と共通している
- arteria = a.、vena = v.、複数形は aa. / vv. と重ねる略号のルール
- 心臓の atrium(心房)と ventriculus(心室)は、それぞれ「玄関」「小さな腹」という原義を持つ
- carotis(頸動脈)は「眠らせる」、carotene(カロチン)と語源を共有しない ― 語源の面白い一群を収録
結論:血管名は3層に分解すれば読める
先に結論です。血管のラテン語は3つの層に分けて読むと、長い名前でも一発で意味が取れます。逆に、分解せずに文字列として丸暗記しようとすると、必ずどこかで混線します。
| 層 | 役割 | 例(arteria carotis communis) |
|---|---|---|
| 第1層:種類 | 動脈か静脈か | arteria(動脈) |
| 第2層:部位 | どこを走るか | carotis(頸の) |
| 第3層:区別 | 同名の中のどれか | communis(総)― 内・外に分かれる前の本幹 |
この読み方を身につけると、arteria carotis interna(内頸動脈)と arteria carotis externa(外頸動脈)は、第3層が interna か externa かの違いでしかないと分かります。interna / externa は位置・方向の用語としてすでに学んでいるはずなので、実質的に新しく覚えるのは carotis だけです。
私はこの分解を覚えてから、血管の暗記時間が体感で半分以下になりました。第2層(部位形容詞)だけを先に集中して覚えるのが最も効率的です。第1層は2択、第3層は位置・方向の復習だからです。

基本語 ― arteria・vena・vas とその略号
まず土台になる語と、教科書や図で必ず出てくる略号のルールを確認します。この略号を知らないと、図のラベルが読めません。
| ラテン語 | 読み | 日本語 | 語源・メモ |
|---|---|---|---|
| arteria | アルテリア | 動脈 | ギリシャ語 aer(空気)+ terein(保つ)。死後は空だったため「空気の管」と誤解された |
| vena | ヴェナ | 静脈 | ラテン語 vena(血管・鉱脈)。英語 vein の元 |
| vas | ヴァス | 脈管(総称) | vas(器・容器)。vas deferens(精管)も同語 |
| capillaris | カピッラーリス | 毛細血管の | capillus(髪の毛)。「髪の毛のように細い」 |
| truncus | トルンクス | 幹 | truncus(木の幹)。分岐前の太い本幹 |
| sanguis | サングイス | 血液 | 形容詞 sanguineus。英語 sanguine の元 |
| anastomosis | アナストモシス | 吻合 | ギリシャ語「口を開き合う」。血管どうしの連絡 |
略号は「単数は1文字、複数は重ねる」という単純な規則です。動脈は a.(単数)/ aa.(複数)、静脈は v. / vv.、神経は n. / nn.、筋は m. / mm.、靭帯は lig. / ligg.。図に「aa. digitales」とあれば「指の動脈たち(複数)」の意味です。
arteria の語源は解剖学史の中でも有名な誤解です。ご遺体では動脈から血液が抜けて空になっていることが多いため、古代の解剖学者はそこを空気の通り道だと考えました。「空気を保つもの」という名前だけが、事実が訂正された後も残っています。
心臓の用語 ― atrium と ventriculus
心臓は用語数こそ少ないものの、1語ごとの使用頻度が非常に高い区画です。ここが曖昧だと循環生理も心電図も読めなくなるので、最優先で固めます。
| ラテン語 | 読み | 日本語 | 語源・メモ |
|---|---|---|---|
| cor | コル | 心臓 | 形容詞は cordis。英語 cordial・courage の元 |
| atrium | アトリウム | 心房 | ローマの家の「玄関の広間」。血が入ってくる部屋 |
| ventriculus | ヴェントリクルス | 心室 | venter(腹)の縮小形 =「小さな腹」。胃も同じ語 |
| septum | セプトゥム | 中隔 | saepire(囲う・仕切る)から |
| valva | ヴァルヴァ | 弁 | valva(開き戸)。扉のように開閉する |
| apex | アペクス | 心尖 | apex(頂点)。心臓では下向きの先端を指す |
| myocardium | ミュオカルディウム | 心筋層 | mys(筋)+ kardia(心臓) |
| endocardium | エンドカルディウム | 心内膜 | endo(内)+ kardia |
| pericardium | ペリカルディウム | 心膜 | peri(周り)+ kardia |
| aorta | アオルタ | 大動脈 | ギリシャ語 aeirein(持ち上げる)。心臓から吊り上がる形 |
atrium の由来は、一度知ると絶対に忘れません。ローマの住宅で、客が最初に入る吹き抜けの広間が atrium でした。血液が心臓に入って最初に通る部屋、というイメージがそのまま名前になっています。現代の建築で吹き抜けを「アトリウム」と呼ぶのも同じ語です。
心膜の3層 ― endocardium / myocardium / pericardium ― は、接頭辞だけで内から外への順序が読めます。endo-(内)→ myo-(筋)→ peri-(周り)。この並びは他の管腔臓器でも繰り返し出てくるパターンなので、ここで型として入れておくと後で効きます。

心臓自身を養う血管が arteriae coronariae(冠状動脈)です。corona は「冠・王冠」で、心臓の上部を輪のように取り巻く走り方から名付けられました。臨床で最も話題になる血管なので、右冠状動脈(a. coronaria dextra)と左冠状動脈(a. coronaria sinistra)は名前ごと押さえておきたいところです。
主要動脈 ― 上から下へ順にたどる
動脈は数が多く見えますが、大動脈から順に枝分かれをたどると自然に並びます。部位形容詞のほとんどは骨か体の部位の名前なので、そこが分かれば大半は解けます。
| ラテン語 | 読み | 日本語 | 部位の由来 |
|---|---|---|---|
| a. carotis | アルテリア・カロティス | 頸動脈 | ギリシャ語 karos(深い眠り) |
| a. subclavia | アルテリア・スブクラヴィア | 鎖骨下動脈 | sub(下)+ clavicula(鎖骨) |
| a. axillaris | アルテリア・アキシッラーリス | 腋窩動脈 | axilla(腋の下) |
| a. brachialis | アルテリア・ブラキアーリス | 上腕動脈 | brachium(上腕) |
| a. radialis | アルテリア・ラディアーリス | 橈骨動脈 | radius(橈骨)。脈を触れる場所 |
| a. ulnaris | アルテリア・ウルナーリス | 尺骨動脈 | ulna(尺骨) |
| aorta | アオルタ | 大動脈 | ascendens(上行)/ arcus(弓)/ descendens(下行)に区分 |
| a. pulmonalis | アルテリア・プルモナーリス | 肺動脈 | pulmo(肺)。唯一、静脈血を運ぶ動脈 |
| a. iliaca | アルテリア・イリアカ | 腸骨動脈 | ilium(腸骨) |
| a. femoralis | アルテリア・フェモラーリス | 大腿動脈 | femur(大腿骨) |
| a. poplitea | アルテリア・ポプリテア | 膝窩動脈 | poples(膝の裏) |
| a. tibialis | アルテリア・ティビアーリス | 脛骨動脈 | tibia(脛骨・笛) |
この表を見て気づいてほしいのは、部位形容詞の列がほぼすべて骨の名前だということです。clavicula・radius・ulna・ilium・femur・tibia ― 骨の用語集を先にやっておけば、動脈名の8割はすでに手元にあることになります。私が「骨を先に固めろ」と言うのはこのためです。
例外的に面白いのが a. pulmonalis です。動脈なのに静脈血(酸素の少ない血)を運びます。ここで「動脈=酸素が多い」ではなく、「動脈=心臓から出ていく血管」が正しい定義だと分かります。名前の定義が構造ではなく方向で決まっている、いい例です。
主要静脈 ― 深部静脈と皮静脈
静脈は多くが同名の動脈に伴走するので、動脈を覚えれば自動的に半分終わります。v. femoralis、v. brachialis、v. subclavia ― 名前がそのまま対応します。覚えるべきは、動脈に対応物がない独自の静脈だけです。
| ラテン語 | 読み | 日本語 | 語源・メモ |
|---|---|---|---|
| v. cava superior | ヴェナ・カヴァ・スペリオル | 上大静脈 | cavus(うつろな)。「うつろな静脈」 |
| v. cava inferior | ヴェナ・カヴァ・インフェリオル | 下大静脈 | 上下は superior / inferior で区別 |
| v. portae | ヴェナ・ポルテ | 門脈 | porta(門)。肝門から入るため |
| v. jugularis | ヴェナ・ユグラーリス | 頸静脈 | jugulum(のど・鎖骨の間のくぼみ) |
| v. saphena magna | ヴェナ・サフェナ・マグナ | 大伏在静脈 | アラビア語 safin(隠れた)由来という説 |
| v. azygos | ヴェナ・アツィゴス | 奇静脈 | ギリシャ語 a-(否定)+ zygon(対)=「対でない」 |
| sinus | シヌス | 洞 | sinus(湾・くぼみ)。硬膜静脈洞など |
v. azygos(奇静脈)は語源が名前の説明そのものになっている好例です。体の血管はたいてい左右対になっていますが、この静脈は対を持たない。だから「対でない = a-zygos」。日本語の「奇静脈」も同じ意味の訳です。zygon(対・くびき)は接合(zygomatic=頬骨の)にも出てきます。
v. portae(門脈)も押さえておきたい1語です。porta は「門」で、肝門(porta hepatis)から肝臓に入ることに由来します。消化管から吸収した血液を肝臓に運ぶという、生理学的にも重要な血管が、単に「門の静脈」という素朴な名前で呼ばれているのが面白いところです。

語源メモ ― 「眠らせる動脈」
💡 carotis はなぜ「眠り」を意味するのか
頸動脈 arteria carotis の carotis は、ギリシャ語の karos(深い眠り・昏睡) に由来します。この血管を圧迫すると意識を失うことが古代から知られていたためです。つまり「眠らせる動脈」。物騒ですが、脳血流のほぼすべてを担うという機能を、これ以上なく的確に言い当てた名前でもあります。
ちなみに、ニンジンの色素カロテン(carotene)は carota(ニンジン)から来ていて、carotis とは別系統です。綴りが似ているので混同されがちですが、語源上のつながりはありません。私も一度これを取り違えて、試験前に混乱しました。
同じく身体感覚から名付けられた血管に vena jugularis(頸静脈)があります。jugulum は「のどのくぼみ」で、英語 jugular もここから。さらに遡ると jugum(くびき)― 牛の首にかける道具 ― にたどり着きます。首まわりの語が農具から来ているのは、ラテン語らしい素朴さです。
もう1つ、vas という語にも触れておきます。原義は「器・容器」で、血管に限らず「何かを通す管」全般に使われます。vas deferens(精管)、vasa vasorum(血管の血管 ― 太い血管の壁を養う細い血管)など。vasa vasorum は「器たちの器たち」という入れ子になっていて、名前だけで構造が説明できてしまう好例です。
覚え方 ― 骨の名前を先に入れておく
最後に、血管を効率よく入れる順番を書きます。結論から言えば、血管を単独で覚えようとしないことです。
- 手順1:骨と部位の用語を先に固める ― clavicula / radius / ulna / femur / tibia / ilium / axilla。ここが済んでいれば、動脈名の大半は「a. + 既知の語」に見える
- 手順2:第1層と第3層を確認する ― a. / v. の略号と、communis・interna・externa・superior・inferior・magna・parva。すべて既習の位置・方向の語
- 手順3:固有名だけを新規に覚える ― carotis / aorta / azygos / saphena / portae / poplitea。実際に新出なのはこの一握りだけ
- 手順4:動脈から静脈へ写す ― 伴走する静脈は名前をそのまま流用できる。独自名(cava / portae / azygos / saphena)だけ別に扱う
この順で進めると、血管の用語表は驚くほど早く埋まります。私は最初、血管を独立した単元として扱って苦労しましたが、骨の用語集の続きとして位置づけ直した途端に景色が変わりました。実際、上の動脈表12個のうち、部位が完全に新出なのは carotis と poples だけです。
そして仕上げは声に出して読むこと。arteria carotis communis のような3語の連なりは、目で追うだけだと頭に残りません。講義で教員が発音するリズムをまねて、区切りごと声にすると定着が明らかに違いました。読みのカタカナを表に入れているのは、まさにそのためです。
❓ ミニクイズ ― 血管名を分解する
Q1. arteria carotis interna を3層に分解すると、それぞれ何になりますか?
Q2. 動脈なのに静脈血を運ぶ血管はどれですか。またそれはなぜですか?
Q3. vena azygos の名前は何を意味していますか?
Q4. atrium(心房)はもともと何を指す言葉でしたか?
Q5. a. と aa.、v. と vv. の違いは何ですか?
※ 見出しをタップすると続きが開きます。
まとめ
- 血管名は「種類+部位+区別」の3層。分解すれば長い名前も既知の語の組み合わせに見える
- 部位形容詞の大半は骨の名前。骨の用語集を先に固めると動脈名は自動的にほぼ埋まる
- 略号は重ねたら複数形(a./aa.、v./vv.、n./nn.、m./mm.)
- 動脈・静脈の区別は酸素量ではなく心臓に対する向き ― 肺動脈が例外に見えない理由
- carotis(眠らせる)・azygos(対でない)・portae(門)など、語源が機能や形の説明になっている語が多い
循環器の用語は、最初に見たときの威圧感と、実際に覚える量のギャップが最も大きい領域だと思います。3層に分解する視点さえ持てば、新しく暗記するのは一握りの固有名だけです。骨の用語集をまだ固めていない人は、遠回りに見えても先にそちらを片付けてください。血管はその上に、驚くほど素直に積み上がります。
📚 この範囲を図で確認するなら
血管は枝分かれを追う必要があるので、走行が描かれた図が欠かせません。
📖 ソボッタ解剖学アトラス 原書24版 第2巻 体幹(内臓系)
Friedrich Paulsen ほか
体幹の血管が載っている巻です。arteria の分枝を図で追いながら名前を確認しています。
私が解剖学で使っている本は 解剖学ラテン語の基本 の末尾にまとめています。


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