高校を卒業してから医学部に入るまで、私は5年かかっている。その5年で何をしていたのかというと、大半は行き先を変え続けていた時間だった。
医師になりたいという気持ちのほうは、最初から一度も変わっていない。変わったのは、そこへの行き方だ。アメリカを目指してMCATを受け、制度の壁で行けなくなってイタリアに切り替えIMATを受け、最終的に決めたのはまた別の国の大学だった。このブログの最初の記事として、その5年に何があったのかを書いておく。
医師になると決めたこと自体は、早かった
歯科医師である父の働く姿を子どもの頃から見ていたことと、脳神経外科医を追ったドキュメンタリーを見たこと。この2つで、医師になりたいという方向は早い段階で固まっていた。
ただ、決まっていたのは「何になるか」だけで、「どうやってなるか」は何も決まっていなかった。今になって思うと、この2つを別々に考えていなかったことが、そのあとの遠回りの原因だったのだと思う。志望はあるのに、そこへの経路を1本しか調べていない状態だった。
最初の行き先はアメリカだった
高校卒業後、私はテンプル大学ジャパンキャンパス(TUJ)に入った。アメリカのメディカルスクールは日本の医学部と違い、学部を卒業してから入る大学院にあたる。だから、まず学部の課程が必要になる。TUJは日本にいながらアメリカの大学の学位課程を受けられるので、そこを起点にしようと考えた。
当時やっていたのはMCATの勉強だ。生物・化学・物理・生化学に加えて、心理学と社会学、そして長文の批判的読解まで含まれる。日本の受験勉強とは組み立てがかなり違っていて、暗記の量よりも「英語で書かれた長い文章を読んで、筋を追い切れるか」が問われる試験だった。私は実際にMCATを受験している。
学力とは別のところで、行けなくなった
行けなくなった理由は、点数ではなくビザと制度のほうだった。
アメリカのメディカルスクールは、そもそも留学生の受け入れ枠を持っている学校が限られている。持っていても枠は小さい。そこに在留資格の要件が重なると、条件を満たせる進み方がほとんど残らない、という状況になった。
この時期がいちばんきつかった。試験に落ちたのなら、次に向けて勉強すればいい。やることがはっきりしている。けれど制度の側で無理だと分かったときは、努力の向け先そのものが無くなる。何を頑張ればいいのかが分からない期間が、しばらく続いた。
イタリアに切り替えた ― IMATとミラノ大学
次に見つけたのがEU圏、特にイタリアの英語課程だった。イタリアには英語で6年間の医学教育を受けられる国立大学があり、日本の高校卒業資格から出願できる。入試はIMAT(International Medical Admissions Test)という共通試験で、私はミラノ大学を第一志望に置いて準備を始めた。IMATも実際に受験している。
MCATとIMATは、同じ「医学部の入試」でも別物だった
乗り換えると決めてから気づいたのは、この2つが全く違う試験だということだった。
- MCAT ― 学部で修めた内容が前提。生化学・心理学・社会学まで入り、長文の批判的読解の比重が大きい
- IMAT ― 高校範囲の理科と数学に、一般教養と論理問題が加わる。読解より処理の速さと正確さが効く
範囲だけを見るとIMATのほうが狭い。それで「乗り換えれば楽になる」と一瞬思ったのだが、実際は逆だった。狭いぶん一問の重みが大きく、取りこぼしが許されない。そして何より、それまで積み上げてきた勉強の型が通用しなくなる。MCATのために作った「長文を読み切る体力」は、IMATではほとんど使い道がなかった。
志望先を変えるというのは、行き先の名前を書き換えることではなく、それまでの勉強の大部分を捨てて別の試験用に組み直すことだった。これは実際にやってみるまで分かっていなかった。
ミラノだけが選択肢ではないと気づいた
IMATの準備をしながらEU圏の情報を調べているうちに、英語で医学を学べる大学がイタリア以外にもいくつもあることが分かってきた。中欧にも、バルト地域にも、バルカン半島にもある。学費も入試方式も、卒業後に医師免許がどう扱われるかも、国ごとにかなり違う。
ここで初めて、問いを変えた。それまでずっと「どこなら受かるか」で考えていたのを、「どこに行きたいか」に切り替えた。2回行き先を失ったあとで、ようやく順番が逆だったことに気づいた形だった。
最終的に大学を絞った3つの基準
候補を並べ直したとき、私が実際に使った基準は3つだけだった。
日本人学生ができるだけ少ないこと
英語を「勉強する言語」ではなく「使わないと生活が回らない言語」にしたかった。日本語で完結できる環境に置かれたら、私は間違いなく楽なほうに流れる。自分の意志を当てにしないための条件だった。
英語が日常的に通じる国であること
授業が英語でも、街で全く通じない国だと、生活そのものが別の負荷になる。役所も病院も買い物も現地語だけ、という環境では、勉強に使える時間が確実に削られる。授業の言語と生活の言語は分けて考えたほうがいい、というのはこのとき初めて意識した。
医学教育そのものの評価が高い大学であること
卒業後は日本に戻って医師国家試験を受けるつもりだった。だとすると最後に効いてくるのは、入りやすさでも学費でもなく、6年間で何を身につけられるかになる。ここだけは妥協しないと決めた。
この3つを満たす大学を並べて比較し、最終的に今の大学に決めた。入学は2026年2月。高校を出てから、5年が経っていた。
テンプル大学の日々は、正直に言えば浪人だった
TUJは途中で辞めている。
学位に向けた勉強と、医学部に入るための勉強が、途中から完全に別物になっていた。授業には出ているのに、頭の中はずっと次の試験のことを考えている。大学生という肩書きはあったけれど、実態としては浪人生と変わらない期間だった。
この5年を「無駄ではなかった」と書くのは簡単だが、美化するつもりはない。長かったし、周りが先に進んでいくのを見ているのはしんどかった。ただ事実として、制度を自分で調べ、書類を自分で揃え、行き先が消えたら別の道を探すという手順は、この期間に身についたものだ。今このブログで書いている内容の土台は、ほぼ全部ここにある。
だからこのブログを書いている
5年かけて調べたことの大半は、当時どこにもまとまっていなかった。MCATとIMATが何をどう問う試験なのか。EU圏の医学部が国ごとにどう違うのか。何を基準に大学を選べばいいのか。一次情報は各大学の公式ページに載っているが、それを横に並べて比較したものが見つからなかった。だから毎回、自分で各校のページを開いて突き合わせていた。
このブログに書いているのは、その延長にあるものだ。海外医学部への進学、講義で実際に使われている英語表現、解剖学のラテン語、そして限られた時間で回すための勉強と体調管理。どれも今まさに自分に必要で、実際にやっていることを、あとから読み返せる形に整理している。
完成された人間ではないし、正解を配れる立場でもない。ただ、行き先を2回失った人間が何を基準に選び直したかという記録は、同じところで迷っている人には使えるかもしれないと思っている。私が5年かけて集めた情報を、次の人が半年で集められるなら、この遠回りにも意味があったことになる。
書いている人間の詳しい背景と、どのテーマを何を根拠に書いているかは運営者情報にまとめてあります。

コメント
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