医学部に入ってから、市販の教材だけでは埋まらない穴があることに気づきました。講義で配られる資料は毎年更新され、試験に出る範囲は教科書の目次とは一致せず、「この授業のこの範囲を、この形式で問われる」という前提に合った問題集は、探しても売っていません。そこで自分で作り始めたのですが、作った教材のうち、今も使っているものと、一度も開かないまま置き去りになったものが、はっきり二つに分かれました。
この記事は、その線引きの記録です。「自作は素晴らしい」という話ではありません。むしろ自作は基本的に割に合わない、というのが私の結論です。作る時間はそのまま勉強時間から引かれますし、作った教材の正しさは自分で背負うことになります。それでも自作したほうがいい場面が確かにあって、その条件は4つに絞れました。実際に作ったもの・買ったもの・作って失敗したものを並べながら、その4つを書きます。
🗂 目次
📌 この記事でわかること
- 自作を判断する基準は「作りたいかどうか」ではなく「探す時間が作る時間を超えているか」
- 自作が市販に勝つのは、範囲・形式・言語・更新頻度の4条件が絡んだときだけ
- 作った教材が死ぬ最大の原因は、完成度ではなく「使う場面を決めていないこと」
- 作るなら本番の前に、30分で捨てられる試作を必ず1回はさむ
1. 結論:自作は「探す時間が作る時間を超えたとき」だけ
先に結論を書きます。教材を自作するかどうかは、「欲しいものを探す時間」が「自分で作る時間」を超えたときにだけ、作る。これだけで判断できます。
この基準がいいのは、感情を挟まないことです。教材の自作には独特の快感があります。手を動かしている実感があり、進んでいる気がして、しかも「勉強している」という顔ができる。だから放っておくと、作ること自体が目的になります。私も、試験前夜に問題集の見た目を整えていたことが何度もあります。あれは勉強ではありません。
一方で、探す時間というのは案外バカになりません。「この範囲の、この形式の問題が欲しい」と思って書店とネットを2時間さまよい、結局それらしいものが見つからず、翌週にまた同じ検索をする ―― これを3回繰り返した時点で、探す時間の合計は6時間です。6時間あれば、たいていの自作教材は最初のバージョンが立ち上がります。3回同じものを探したら、作る。この回数で切るのが実務的です。

2. 私が実際に作ったもの・買ったもの
抽象論だけだと判断できないので、手元の実物を並べます。自分で作ったものと、素直に買ったものの一覧です。
| 対象 | 買う/作る | そう決めた理由 |
|---|---|---|
| 解剖の図譜(アトラス) | 買う | 図の精度と網羅性で市販に勝てる見込みがゼロ。自作は時間の無駄 |
| 解剖の基礎教科書 | 買う | 内容が数年単位で安定していて、範囲も世界共通 |
| 大学の過去問の問題集 | 作る | そもそも売っていない。手元のファイルから2,506問を機械的に抜き出して一問一答にした |
| 授業ごとの要点まとめ | 作る | 配布資料が毎年変わるので、市販の要約は範囲が合わない |
| 用語の対訳リスト(日本語・英語・ラテン語) | 作る | 3言語を1行に並べた資料が市販にない。授業と国試の両方で使う |
| 手持ちの参考書の全文検索 | 作る | 紙とPDFを横断して「あの図はどの巻か」を引きたかった |
| 単語帳(語彙) | 半々 | 収録語は市販の本から。カードの形と音声だけ自分で組み直した |
| 生理学・生化学の演習書 | 買う | 良質な問題集が既にあり、探す時間が10分で済んだ |
並べてみると、線がきれいに引けています。買っているのは「世界のどこでも同じ内容のもの」、作っているのは「自分の大学と自分の進路にしか存在しない形のもの」です。骨の名前は世界共通なので買えばいい。けれど「うちの大学の過去問を、日本の国家試験で使うラベルに変換したもの」は、この世に私しか必要としていないので、誰も作ってくれません。
3. 自作が勝つ4つの条件
上の表を眺めていて、自作側に回ったものには共通点が4つありました。1つでも当てはまれば検討、2つ以上重なったらほぼ作ったほうが速い、という感覚です。
| 条件 | 中身 | 具体例 |
|---|---|---|
| ① 範囲が特殊 | 市販教材の範囲と、自分が問われる範囲が一致しない | 大学ごとの試験範囲、授業で配られた資料に限定した出題 |
| ② 形式が特殊 | 内容はあるが、欲しい形(問答・カード・検索)になっていない | 教科書はあるが一問一答がない、図はあるが穴埋めがない |
| ③ 言語が特殊 | 複数の言語を1行に並べたい | 日本語・英語・ラテン語の対訳、母語と現地語の両方でラベルを持ちたい |
| ④ 更新が速い | 毎年、あるいは学期ごとに中身が入れ替わる | 講義スライド、試験の出題傾向、制度や要件の変更 |
この4つのうち、見落とされやすいのは③の言語です。母語以外で医学を学んでいると、知識そのものより「同じものを指す3つの呼び名」が抜け落ちます。授業では英語で覚え、教科書ではラテン語の綴りで出てきて、将来の国家試験では日本語の漢字の用語で問われる。3つが頭の中で結びついていないと、知っているのに答えられない、という状態になります。これを1行にそろえた資料は市販されていないので、自作するしかありません。
逆に、①〜④のどれにも当てはまらないのに作りたくなっているときは、だいたい「作る作業が楽しいだけ」です。私の場合、その見分け方は単純で、「これを作らずに済ませたら、今日の勉強は困るか?」と声に出して聞くことにしています。困らないなら作りません。

4. 買ったほうが速い3つの場合
条件の裏側も書いておきます。次の3つに当てはまるときは、迷わず買ったほうがいいと思っています。
- 正確さが命綱になるもの ― 解剖の図譜、薬の一覧、基準値の表。自作すると、間違いに気づかないまま覚え込むリスクを自分で抱えることになります
- 内容が長期間安定しているもの ― 基礎科目の教科書。5年前の版と今の版で本質が変わらない分野は、先人の作ったものが素直に強い
- 作るのに専門技能が要るもの ― 精密な図、音声、動画。図を描く練習をしたいなら別ですが、教材が欲しいだけなら買うのが最短です
とくに1つ目は重い。私は大学の過去問から一問一答を作ったとき、「選択肢に色が付いているものが正解」という規則で機械的に2,506問を抜き出しました。作業自体は半日で終わって、当時は自分でも良い判断だと思いました。ところが、その色を付けたのは学生です。つまり元データの正解が、そもそも間違っていることがある。抜き出した瞬間から、その誤りは私の問題集の中で「正解」として振る舞い始めます。
これは自作教材の本質的なコストだと思っています。市販の教材には、著者・監修者・校正者という何層かの検証が入っています。自作するというのは、その層を全部自分で引き受けるということです。私は結局、その問題集には「出典は学生の解答。教科書で裏を取るまで信用しない」という但し書きを付け、答えが意外だった問題は必ず教科書に戻る運用にしました。自作教材は「答えを教えてくれるもの」ではなく「調べるきっかけをくれるもの」だと割り切ったわけです。
5. 作って使わなかった教材と、その理由
ここが一番書きたかったところです。作ったのに使わなかったものには、はっきりした型がありました。

型①:使う場面を決めずに作ったもの。「あると便利そう」で作った一覧表は、ほぼ確実に開かなくなります。便利そう、は使う場面ではありません。「毎週金曜の復習で、この表の左列を隠して答える」まで決まっていて初めて、その教材は生き残ります。作る前にいつ・どこで・何分使うかが言えないものは、作らないほうがいいです。
型②:参照先とズレて腐ったもの。手持ちの参考書を全文検索できるようにしたときのことです。作った直後は完璧に動いたのに、しばらくして「ページ番号が実際の紙面と1〜2ページずれる」ことに気づきました。本文の抽出と、紙面に印刷されたノンブルが一致していなかったのです。検索でヒットしても、その番号を頼りに紙をめくると目的の図がない。1回ズレを踏むと、その教材への信頼は一気にゼロになります。外部の何かを参照する教材は、参照先とのズレが命取りで、作ったあとに必ず数点を手で突き合わせて検算する必要があります。
型③:完成度を上げすぎて更新できなくなったもの。見た目を整え、体裁をそろえ、丁寧に作り込んだ教材ほど、あとから直すのが億劫になります。内容を1行足すのに、体裁を崩さないよう気を遣うからです。そして更新が止まった教材は、次の学期には範囲がずれて使えなくなる。自作教材の価値は完成度ではなく更新のしやすさで決まります。見た目が地味でも、1行足すのが5秒で済む形にしておいたほうが、結果的に長く生き残りました。
💡 語源メモ:textus は「織られたもの」
教科書を意味する text の語源は、ラテン語の textus(テクストゥス) = 「織られたもの」です。動詞 texere(テクセレ)(織る)から来ていて、布地を指す textile と同じ根を持っています。
つまり教科書とは本来、ばらばらの糸を織り合わせて一枚の布にしたもの、という意味合いです。この語源を知ってから、自作教材に対する見方が少し変わりました。資料を切り貼りしただけのものは、まだ糸のままです。自分の言葉で並べ替えて、前後がつながって初めて「織られた」状態になる。
ついでに、学習課程を指す curriculum(クッリクルム) は currere(クッレレ)(走る)から来ていて、もとの意味は「走路」です。カリキュラムとは走るコースのこと。自作教材は、その走路の中で自分だけが通る近道を舗装する作業だと考えると、どこを舗装すべきかが見えやすくなります。
6. 作る前に30分だけ試す「捨てられる試作」
上の3つの型を踏まえて、いま私が入れている工程が「捨てられる試作」です。本番を作る前に、30分だけかけて、意図的に汚い版を1つ作る。ルールは3つです。
- 範囲を1割に絞る ― 全範囲ではなく、1回の授業分・20問分だけ作る
- 体裁を整えない ― 色も罫線も付けない。あとで捨てる前提なので、愛着が湧く前に止める
- 作った直後ではなく、翌日に使ってみる ― 作った直後は自分の記憶が新しすぎて、教材の出来を判定できない
3つ目が肝心です。作った直後は、内容がまだ頭に残っているので、どんな粗い教材でもスラスラ使えてしまいます。その状態で「良い教材ができた」と判断すると、必ず外します。一晩あけて、内容を忘れた自分が使えるかどうか。それが唯一の判定基準です。

翌日の試作で「これは使える」と感じたら本番を作ります。「思ったより面倒だった」「開くのが億劫だった」と感じたら、そこで打ち切って市販品を探しに戻ります。30分は捨てますが、本番を作ってから使わないと気づく場合、捨てるのは十数時間です。この差は大きい。
7. 作った教材を腐らせない運用
最後に、作ったあとの話です。自作教材は作った瞬間が完成ではなく、そこから腐り始めます。腐敗を遅らせるために決めていることが3つあります。
| 決めごと | 具体的にやること | 防いでいること |
|---|---|---|
| 入口を1つにする | 教材をあちこちに置かず、必ず同じ場所から開く | 作ったこと自体を忘れる |
| 出典を必ず書く | 各項目に「どの資料の何ページから来たか」を残す | 誤りに気づいたとき、元に戻れなくなる |
| 更新の口を残す | 1行追加が数秒で終わる形にしておく | 更新が止まって範囲がずれる |
2つ目の出典は、面倒でも省かないほうがいいです。自作教材はいつか必ず誤りが見つかります。そのとき出典が書いてあれば、「元の資料がそう書いていた」のか「自分が写し間違えた」のかを切り分けられます。出典がないと、その項目ごと信用できなくなって、結局まるごと捨てることになります。
そして身も蓋もない話をすると、自作教材のほとんどは1学期で役目を終えます。それでいいと思っています。永く使える教材を作ろうとすると、範囲が広がって完成しません。「この試験まで」「この授業のあいだだけ」と寿命を先に決めて作ったほうが、軽くて、速くて、実際に使われました。
❓ よくある質問
Q1. 結局、自作と市販のどちらが成績に効きますか?
Q2. 作る時間がもったいない気がして踏み切れません。
Q3. 友人と分担して作るのはどうですか?
Q4. 自作教材はどれくらいの頻度で作り直しますか?
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8. まとめ
- 自作を決める基準は「同じものを3回探したか」。感情ではなく回数で切る
- 自作が勝つのは、範囲・形式・言語・更新頻度のどれかが特殊なとき
- 正確さが命綱になるもの、内容が安定しているものは買ったほうが速い
- 作った教材が死ぬのは、使う場面を決めていない・参照先とズレた・作り込みすぎた、の3つ
- 本番の前に30分の試作を作り、翌日の自分で判定する
- 出典を残し、寿命を先に決めて作る。1学期で使い捨てるつもりでちょうどいい
教材を自作するのは、勉強そのものではありません。勉強を始めるための舗装工事です。舗装に時間をかけすぎれば走る時間が減りますし、舗装しないままだと毎回同じぬかるみで足を取られます。その境目を、私は「3回探したか」と「30分の試作」で決めています。作るか買うかで迷っている教材が今あるなら、まず30分だけ、捨てるつもりで作ってみてください。翌日にそれを開くかどうかで、答えは出ます。
※ 本記事は個人の学習経験にもとづく方法の紹介です。効果の感じ方には個人差があり、所属先の規則や試験制度によって適さない場合があります。また、教材を自作する際は、教科書・講義資料などの著作物の取り扱いについて、私的利用の範囲を超えないようご注意ください。

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