身体診察の英語で難しいのは、専門用語ではありません。患者さんに動いてもらうための、ごく普通の言い回しです。「深呼吸してください」「力を抜いて」「痛かったら教えてください」― 日本語なら反射的に出る一言が、英語だと出てこない。私が実習で最も焦ったのは、まさにこの場面でした。
しかもここは間違えると患者さんが不安になる領域なので、その場で考えながら話すわけにはいきません。幸い、身体診察の指示は使う表現の数がとても限られています。診察の流れに沿って40程度の言い回しを持っておけば、ほぼ困りません。この記事ではそれを系統別に整理します。
🗂 目次
結論:命令形ではなく「依頼形」で言う
最初に一番大事な原則を書きます。身体診察の指示は、基本的に命令形ではなく依頼形を使ってください。英語の教科書には Breathe deeply. のような命令形が並んでいますが、実際の診察でこれをそのまま使うと、場面によってはかなり素っ気なく響きます。
| 型 | 形 | 例 | 使いどころ |
|---|---|---|---|
| 依頼形 | Could you … ? | Could you take a deep breath? | 基本形。ほぼすべての指示をこれで言える |
| 丁寧な依頼 | Would you mind … ing? | Would you mind lying down? | 服を脱いでもらうなど、負担の大きい依頼 |
| 予告形 | I’m going to … | I’m going to listen to your chest. | 自分が何をするかの予告。触れる前に必ず |
| 許可を取る | Is it all right if I … ? | Is it all right if I examine your abdomen? | 診察の許可を明示的に取る |
| 命令形 | 動詞から始める | Breathe in. / Hold it. | 動作の最中に短く指示するときだけ |
使い分けの感覚としては、お願いする場面は依頼形、動作の途中でタイミングを示す場面は命令形です。たとえば聴診では、始める前に Could you take a deep breath for me? と依頼し、実際に聴きながら Breathe in … and out. と短く区切る。この組み合わせが最も自然でした。
それから、末尾に for me を付けるだけで印象がかなり柔らかくなります。Could you take a deep breath for me? の for me は「私のために」という意味ではなく、依頼を和らげる潤滑油のような働きをします。臨床の現場で非常によく耳にする言い方です。

入室から診察開始まで
診察の入口は、どの科でも共通の型があります。名乗る → 目的を伝える → 許可を取る。この3点を短く済ませてから本題に入ります。
Good morning. My name is Ai, and I’m a medical student. May I examine you?
グッド モーニング マイ ネイム イズ アイ アンド アイム ア メディカル ステューデント メイ アイ イグザミン ユー
おはようございます。医学生の藍と申します。診察させていただいてもよろしいですか?
💡 学生であることを名乗るのは必須。May I examine you? が最も標準的な許可の取り方
I’m going to examine your chest. It shouldn’t hurt, but please tell me if you feel any pain.
アイム ゴウイング トゥー イグザミン ユア チェスト イット シュドゥント ハート バット プリーズ テル ミー イフ ユー フィール エニー ペイン
胸の診察をします。痛みはないはずですが、もし痛かったら教えてください。
💡 診察前の3点セット(何をするか・痛みの予告・痛みの申告依頼)。これを言うかどうかで印象が大きく変わる
Could you take off your shirt, please? You can leave your underwear on.
クッジュー テイク オフ ユア シャート プリーズ ユー キャン リーヴ ユア アンダーウェア オン
上着を脱いでいただけますか。下着はそのままで結構です。
💡 どこまで脱ぐかを必ず添える。leave … on(〜は着けたままで)は覚えておくと安心
Please let me know if you feel uncomfortable at any point.
プリーズ レット ミー ノウ イフ ユー フィール アンカンフォタブル アット エニー ポイント
途中で不快に感じたら、いつでも教えてください。
💡 at any point(いつでも)が効く。診察中ずっと有効な申告依頼になる
Let me just wash my hands first.
レット ミー ジャスト ウォッシュ マイ ハンズ ファースト
先に手を洗わせてください。
💡 手指衛生を声に出すのは評価される。OSCE でも見られている項目
体位と動きの指示 ― 全診察の共通土台
どの系統の診察でも必ず使う、体位と動きの指示です。ここを固めておくと、あとは系統別の表現を足すだけで済みます。
| 日本語 | 英語 | 読み |
|---|---|---|
| 座ってください | Could you sit down, please? | クッジュー シット ダウン プリーズ |
| 横になってください | Could you lie down on the bed? | クッジュー ライ ダウン オン ザ ベッド |
| 仰向けになってください | Could you lie on your back? | クッジュー ライ オン ユア バック |
| うつ伏せになってください | Could you lie on your front? | クッジュー ライ オン ユア フロント |
| 左を下にして横向きに | Could you roll onto your left side? | クッジュー ロウル オントゥー ユア レフト サイド |
| 起き上がってください | Could you sit up, please? | クッジュー シット アップ プリーズ |
| 立ってください | Could you stand up for me? | クッジュー スタンド アップ フォー ミー |
| こちらを向いてください | Could you turn towards me? | クッジュー ターン トゥワーズ ミー |
| 力を抜いてください | Try to relax. / Let your arm go loose. | トライ トゥー リラックス / レット ユア アーム ゴウ ルース |
| そのままでいてください | Just stay like that. | ジャスト ステイ ライク ザット |
| 膝を立ててください | Could you bend your knees up? | クッジュー ベンド ユア ニーズ アップ |
| 腕を上げてください | Could you raise your arms? | クッジュー レイズ ユア アームズ |
lie on your back / front / side の3つは丸ごと覚えてしまってください。仰臥位・腹臥位・側臥位という日本語の語感につられて supine / prone を使いたくなりますが、患者さんに向かって言うときは平易な back / front が正解です。supine や prone はカルテやプレゼンで使う語で、患者さんには通じないことがあります。
この「患者さん向けの語彙とカルテ向けの語彙は別物」という感覚は、医学英語全体で非常に重要です。腹部なら患者さんには tummy や stomach、記録には abdomen。痛みも患者さんには sore、記録には tender。同じことを二重に覚える必要がありますが、ここを混ぜると一気に不自然になります。
呼吸器・循環器の診察
聴診は、指示のタイミングが特に重要な診察です。息を吸わせる・止めさせるの合図が遅れると、聴きたい音を逃します。短い命令形で区切るのが実用的です。
Could you take a deep breath in through your mouth … and out.
クッジュー テイク ア ディープ ブレス イン スルー ユア マウス アンド アウト
口から大きく息を吸って……はい、吐いてください。
💡 聴診の基本。through your mouth(口から)を添えると鼻音が入らず聴きやすい
Keep breathing normally.
キープ ブリージング ノーマリー
普通に呼吸を続けてください。
💡 深呼吸から通常呼吸に戻すときの一言。心音を聴くときにも使う
Hold your breath for a moment … and breathe again.
ホウルド ユア ブレス フォー ア モウメント アンド ブリーズ アゲイン
少し息を止めてください……はい、呼吸を再開して大丈夫です。
💡 心音を聴くときや打診のとき。必ず「再開してよい」まで言い切る
Could you say ‘ninety-nine’ each time I touch your back?
クッジュー セイ ナインティナイン イーチ タイム アイ タッチ ユア バック
背中に触れるたびに「ナインティナイン」と言ってください。
💡 声音振盪(tactile fremitus)を診るときの定番。英語圏では 99 を言わせる
I’m going to feel your pulse now. Could you rest your arm here?
アイム ゴウイング トゥー フィール ユア パルス ナウ クッジュー レスト ユア アーム ヒア
これから脈を診ます。腕をここに置いていただけますか。
💡 feel your pulse が自然。take your pulse でもよい
I’m going to check your blood pressure. You may feel some tightness on your arm.
アイム ゴウイング トゥー チェック ユア ブラッド プレッシャー ユー メイ フィール サム タイトネス オン ユア アーム
血圧を測ります。腕が少し締めつけられる感じがします。
💡 You may feel … で感覚を予告するのは、あらゆる手技で使える型

腹部の診察
腹部診察は、患者さんの緊張をほぐすこと自体が手技の一部です。力が入っていると触診できません。声かけの比重が最も大きい診察と言えます。
Could you lie flat and bend your knees up? That will help relax your tummy.
クッジュー ライ フラット アンド ベンド ユア ニーズ アップ ザット ウィル ヘルプ リラックス ユア タミー
仰向けになって膝を立てていただけますか。お腹の力が抜けやすくなります。
💡 理由を添えると協力が得られやすい。tummy は患者さん向けの語
I’m going to press on your tummy. Please let me know if it’s sore anywhere.
アイム ゴウイング トゥー プレス オン ユア タミー プリーズ レット ミー ノウ イフ イッツ ソア エニウェア
お腹を押していきます。どこか痛むところがあれば教えてください。
💡 sore は患者さん向け、tender はカルテ向け。この使い分けが自然さの分かれ目
Does it hurt here? What about here?
ダズ イット ハート ヒア ワット アバウト ヒア
ここは痛みますか?こちらはどうですか?
💡 圧痛を順に確認する定番。What about here? は繰り返し使える短い型
Could you point to where it hurts the most?
クッジュー ポイント トゥー ウェア イット ハーツ ザ モウスト
一番痛いところを指で示していただけますか。
💡 point to は問診でも診察でも頻出。部位の特定は言葉より指差しが確実
Tell me when the pain starts, and I’ll stop straight away.
テル ミー ウェン ザ ペイン スターツ アンド アイル ストップ ストレイト アウェイ
痛みが出たら言ってください、すぐにやめます。
💡 すぐやめると約束するのが安心感につながる。反跳痛を診る前などに
神経・運動器の診察
神経診察は指示の正確さがそのまま所見の正確さになる領域です。曖昧な言い方をすると患者さんが違う動きをしてしまい、評価できません。短く、具体的に言い切ります。
| 場面 | 英語 | 日本語 |
|---|---|---|
| 目で追う | Follow my finger with your eyes, without moving your head. | 頭を動かさずに、指を目で追ってください |
| 握力 | Squeeze my fingers as hard as you can. | 私の指をできるだけ強く握ってください |
| 抵抗を加える | Push against my hand. Don’t let me move it. | 私の手を押してください。動かされないように |
| 引く | Now pull towards you. | 今度は手前に引いてください |
| 脱力の確認 | Let your arm go completely floppy. | 腕の力を完全に抜いてください |
| 感覚 | Tell me if this feels the same on both sides. | 左右で同じように感じるか教えてください |
| 閉眼 | Could you close your eyes for a moment? | 少しの間、目を閉じていただけますか |
| 歩行 | Could you walk to the door and come back? | ドアまで歩いて戻ってきていただけますか |
| つま先立ち | Could you walk on your tiptoes? | つま先立ちで歩いてみてください |
| 屈曲・伸展 | Bend your elbow … and straighten it. | 肘を曲げて……伸ばしてください |
| 可動域 | How far can you turn your neck? | 首はどのくらい回せますか |
| 痛みの誘発 | Does this movement bring on the pain? | この動きで痛みが出ますか |
Don’t let me move it.(動かされないように)は徒手筋力テストの必須表現です。「押してください」だけだと患者さんが自分から動かしてしまい、正確な評価になりません。抵抗して耐えてもらうという意図を、この一文で明確に伝えます。
もう1つ、as hard as you can(できるだけ強く)も忘れずに。これがないと患者さんは遠慮して軽く握るので、筋力を過小評価してしまいます。私はこれを言い忘れて、指導医に「今の評価はやり直し」と言われたことがあります。
終了時と、気配りの一言
診察の終わり方も型があります。終わったことを明言 → 服を直してもらう → 礼を言う。ここを省くと、患者さんは「まだ続くのか」と分からず不安なままになります。
That’s all for the examination. Thank you very much.
ザッツ オール フォー ジ イグザミネイション サンキュー ヴェリー マッチ
診察は以上です。ありがとうございました。
💡 終了の明言。That’s all で「もう終わり」がはっきり伝わる
You can get dressed now. Take your time.
ユー キャン ゲット ドレスト ナウ テイク ユア タイム
服を着ていただいて大丈夫です。ごゆっくりどうぞ。
💡 Take your time.(急がなくて大丈夫)は非常によく使われる気配りの一言
Are you comfortable? Would you like some help sitting up?
アー ユー カンフォタブル ウッジュー ライク サム ヘルプ シッティング アップ
楽な姿勢ですか?起き上がるのを手伝いましょうか?
💡 高齢の患者さんや術後の患者さんには必ず。介助の申し出は評価される
Thank you for your patience. I’ll discuss the findings with my supervisor.
サンキュー フォー ユア ペイシェンス アイル ディスカス ザ ファインディングズ ウィズ マイ スーパーヴァイザー
ご協力ありがとうございました。所見は指導医と相談します。
💡 学生として自分では判断しないことを明示する。誠実で安全な締め方
気をつけたい言い回しの違い
最後に、日本語からそのまま訳すと不自然になったり、意味がずれたりする表現を整理します。私が実際に指摘された、あるいは通じなくて困ったものばかりです。
| 日本語のつもり | つい言いがち | 自然な言い方 | 理由 |
|---|---|---|---|
| お腹を見せてください | Show me your stomach. | Could you lift your shirt up for me? | show me は命令的。動作で伝えるほうが自然 |
| 痛いですか? | Are you painful? | Does it hurt? / Is it sore? | painful の主語は「痛みを起こすもの」。人には使わない |
| 息を吸って | Breathe air. | Take a deep breath in. | breathe に air は付けない |
| 少し我慢してください | Please endure it. | This might be a little uncomfortable. | endure は重すぎる。予告に置き換える |
| 大丈夫ですか? | Are you OK? | Are you comfortable? / How are you doing? | Are you OK? は緊急事態の響きになることがある |
| 脱いでください | Take off your clothes. | Could you undo the top few buttons? | 必要な範囲だけを具体的に頼む |
| 動かないで | Don’t move. | Try to keep still for me. | Don’t move. は強い。keep still が標準 |
| 腹部 | (患者さんに)abdomen | (患者さんに)tummy / stomach | abdomen はカルテ・プレゼン用の語 |
この表で最も間違えやすいのが Are you painful? です。日本語の「痛いですか?」を直訳するとこうなりますが、英語の painful は「痛みを引き起こすもの」に付く形容詞なので、人を主語にすると意味が変わってしまいます。正しくは Does it hurt? か Is it sore?。私は最初の数か月、これを言い続けていました。
それから、Don’t move. のような否定の命令形は、英語では思ったよりきつく響きます。Try to keep still for me. のように「〜してみてください」の形に変換すると、同じ内容でも柔らかくなります。診察中の指示は、否定形を肯定形に置き換えるだけで印象がかなり変わります。
よくある質問
命令形はまったく使ってはいけないのですか?
いいえ、動作の最中にタイミングを示す場面では命令形が自然です。Breathe in … and out. Hold it. のような短い区切りがこれにあたります。避けたいのは、依頼すべき場面(体位を変えてもらう、服を脱いでもらう)で命令形を使うことです。
patient に触れる前に、毎回断る必要がありますか?
部位が変わるたびに一言添えるのが標準です。最初に全体の許可を取っていても、腹部や鼠径部など負担の大きい部位に移るときは改めて Is it all right if I examine your abdomen? と確認します。過剰と感じるくらいで適正です。
tummy と abdomen はどう使い分けますか?
tummy は患者さん向け、abdomen はカルテ・プレゼン向けです。同じ関係が sore(患者さん向け)と tender(記録向け)、back(患者さん向け)と supine(記録向け)にもあります。相手が誰かで語彙を切り替えると、一気に自然になります。
英語が出てこなくて止まってしまったときは?
無理に難しい言い方を探さず、短い文に切り替えてください。Sorry ― could you sit up, please? のように、一文を短くするだけで大抵は通じます。沈黙が続くほうが患者さんを不安にさせるので、簡単な英語で言い切るほうが安全です。
OSCE(実技試験)でも同じ表現で大丈夫ですか?
はい。むしろ OSCE では声かけそのものが採点項目になっていることが多いです。手指衛生の宣言、診察前の3点セット、終了時の You can get dressed now. まで含めて、この記事の型どおりに進めれば取りこぼしが減ります。
最後に
- 指示は Could you … ? / I’m going to … の2つの型でほぼ足りる。for me を添えると柔らかくなる
- 診察前の3点セット(何をするか・痛みの予告・申告の依頼)は毎回言う
- 患者さん向けの語(tummy / sore / back)と記録向けの語(abdomen / tender / supine)を切り替える
- Are you painful? は誤り。Does it hurt? を使う
- 神経診察は Don’t let me move it. / as hard as you can を言い忘れると評価が狂う
身体診察の英語は、覚える量そのものは多くありません。この記事の表現をひととおり声に出して練習しておけば、実習初日の焦りはかなり減るはずです。私自身、最初は紙に書いて白衣のポケットに入れていました。何度か使ううちに、考えずに口から出るようになります。大事なのは完璧な英語より、患者さんが安心して動けることです。
※ この記事は語学学習のための表現集です。実際の診療における判断・手技・患者さんへの説明は、必ず指導医の指示と各施設の規定に従ってください。


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